『世界都市博』をひっくり返した江戸ッ子・青島幸男氏に捧ぐ。
大人気ドラマ『踊る捜査線』に織田裕二演じる湾岸署の青島刑事の「都知事と同じの青島です」というセリフがある。
あー、あの石原慎太郎氏の前の都知事の青島幸男かと思う方は若い世代だろう。
私のような古い人間には日本初の放送作家にしてテレビが元気な頃のマルチタレント、国会議員、直木賞作家、都知事と、様々な顔を持つ多才な方のイメージするだろう。
今なきは亡き青島幸男氏を思い出たのは大阪万博決定である。
[世界都市博覧会中止]
1979年から16年の長きに渡り都知事をされていた鈴木俊一氏は1970年大阪万博で事務総長だった。
自身の夢は東京万博。
かつての夢の再現をまだ開発もほぼされていない当時の台場地域で開催したい夢を出してきた。
氏は都庁はじめバカスカ巨大なハコモノを建てた。
それに呼応すべく早速経済界は動き出した。
1990年、東京フロンティア協会がつくられ鈴木都知事を支援した。会長は当時の東電会長平岩外四氏。
しかし時すでに狂乱のバブルがはじけた後。
「そんな時はここでパァーとやりましょうや」になったと想像する。
そこに待った!と都知事選に名乗りをあげたのが青島幸男氏である。
都市博覧会いらないの都民の声で当選。1995年の珍事。
国会で威勢がよかった青島氏は地道な地方自治、世界一の都市の自治体の首長になってしまった。
なってしまった。たった一つの公約、都市博中止で。
その時大阪では横山ノック氏も大阪府知事になった。
都市博は既に資材が現場に運びこまれ着々と開催向けて準備中。
青島幸男氏はそれでも公約通り世界都市博を中止した。
1000億円の損金だ、湾岸整備が遅延したと非難囂囂だったらしい。
佐藤栄作総理に「(財界の)男妾じゃないか、アンタ」と食って掛かった青島氏も魑魅魍魎とした利権渦巻く世界では、ひたすら大人しく、得意のギャグも封印した、情けない親父に見えたものだ。
一度決めたことをひっくり返すことは難しい。
『長いものに巻かれろ』『寄らば大樹の蔭』どうせ金は庶民からとればいい、『嘘も方便』大人になれよ。
そんな偽善がまかり通る日本に、江戸ッ子が一人で反旗を翻したんだと今ごろ気づいた。
「尖閣を東京が買います」『都市外交』『ダイバーシティ』と後に都知事になる人間は都政より外に目がいくらしい。
その中の一人はマッチョが売りながら都合よく今はボケを自称する。なんだボケていたのか。
知事の地位を自分の欲や利権に使わなかった清清しさを青島氏に感じてしまう。
知事は無理に『余計なこと』をしなくていいのだ。
地方自治の長はイベント屋でもバクチの胴元でもない。
一人孤独に義理堅く公約を守った青島幸男氏。
青島氏がまだ元気であれば東京五輪や大阪万博、いや消費増税、水道民営化をみたらどうおっしゃるだろう。
生まれ育った江戸の街が醜く変貌していくのは耐えられなかったのでは。
「ふざけんじゃないよ」と、江戸ッ子らしい啖呵の一つも出るのではないかと勝手に想像してしまう。
人の人生には毀誉褒貶はつきものだ。
一度決まった大プロジェクトをひっくり返した初の人ではないだろうか。
ここに青島氏の反骨精神に遅ればせながら敬意を表します。
「お疲れ様でした。」
~シャボン玉ホリデーを見て笑い育ち、今はすっかり意地悪ばあさんになった昔のテレビっ子より。~