技術立国 日本の誇りを見た!日本の産業の血流を支える㈱いすゞ自動車『いすゞプラザ』見聞記
きっかけは近所の2才の男の子が歌っていた歌だった。
🎵「どーこーまでもどーこーまでも~いすゞのトラック」
その子の母親に聞くと男の子は大型車やブルドーザーなどの重機類が大好きで『いすゞプラザ』によく連れていくという。
子供が夢中になる『いすゞ』ってなんだろう?さっそく私たちは行くことにした。
神奈川県藤沢市にある湘南台駅から送迎バスで10分。
平日は多いと200名ほど訪れるそうで、土曜日や祝日はさらに多いそうだ。
その歴史は古く、1893年に㈱東京石川島造船所からスタート。
1916年より自動車生産の調査をはじめ、1922年ウーズレーA型乗用車の国産化に初めて成功。1924年にはウーズレーCP型1.5トン積みトラックを完成し、軍用保護自動車の資格を得る成果をあげた。
続く通路の前には、精巧なジオラマが展示されていた。
車だけでなく、建物、人物も大変精巧にできている。
さらに、毎時15分から動きはじめ、夜の風景や早朝など時間設定も変わりドラマを見ているかのようだ。
警察、消防や自衛隊の車も請け負ういすゞ。自衛隊のトラックが展示されており、圧巻だった。
南極で活躍する車のパネルもあり、世界中の環境に合わせて車づくりをしているそうだ。
また、街中でも見かけるギガトラック。安定感があるのかなあ?と疑問に思ってきたが、間近でみて安定感がありホッとした。
大きなエンジンや働く車のミニチュアも展示されていた。
歴代の車の展示や、トラックの運転体験もあり、子供たちに大人気だそうだ。私たちも体験したが、惨敗であった。
最近ショーで展示したという3シーターの乗用車も展示されていた。
残念なことに2000年をもって日本の乗用車市場から撤退したいすゞ自動車。
こちらはタイで生産され400-500万円(装備による)だそうで、座り心地や見た目も最高で、欲しくなってしまうほどであった。
日本が誇る自動車産業。
しかし、同業の日産自動車の決算の中間報告によると、来年3月までの売上見込みも減少し、営業利益予測は前年度比52%も減る見込みである。
取締役だけ、何億円もの報酬をえて、従業員には数多の期間工などの非正規雇用を強いる。
また、東京五輪のスポンサー様のトヨタ自動車。
海外の実績は輝かしいものの、日本では車離れが止まらない。消費増税を訴え国民を貧乏にして車が売れるはずもない経済音痴ぶり。
職人技がひかり、オリンピックのスポンサーにもならず、市場判断も適正。従業員も会社が好き。
そんないすゞ自動車こそ、日本の誇りであろう。
最後に冒頭の2才の子が歌っていた『いすゞのトラックの歌』の全歌詞を㈱いすゞ自動車に敬意を表し、紹介します。
作詞:ツカダマコト 作曲:奥居史生 歌:KAZCO
ドアを開けたら冷たい空気 白い息がひろがった
ポケットの中 凍える手 昨日の星にさようなら
さあ 走りだそう 夜明けの街へ 朝がはじまる 朝がはじまる
いつまでも いつまでも 走れ走れ いすゞのトラック
どこまでも どこまでも 走れ走れ いすゞのトラック
ブレーキランプの天の川 街はもうすぐそこ
窓の外 風邪を探した 長い旅もあとわずか
さあ 走りだそう 光の海へ 街が近づく 街が近づく
いつまでも いつまでも 走れ走れ いすゞのトラック
どこまでも どこまでも 走れ走れ いすゞのトラック
みなぎるチカラ ブルンブルン
がんばるチカラ ブルンブルン ブルンブルン
いつまでも いつまでも 走れ走れ いすゞのトラック
どこまでも どこまでも 走れ走れ いすゞのトラック
いつまでも どこまでも