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『横浜米軍機墜落事故』をご存知ですか?~母子像が私たちに語るもの~

 2018/04/12 取材・散歩
この記事は約 5 分で読めます。 1,687 Views

春の陽射しをうけ、従妹と愛犬と散歩に出掛けた。場所は横浜の高台にあり、緑やお花に埋め尽くされ、名前の通り海が見渡せる綺麗な『みなとの見える丘公園』である。普段なら広場から海や花々を眺めるだけでが、犬と一緒に公園内を通り抜けて山下公園に向かうことにした。

広場から遊歩道を渡ると、大きな木々がそびえ立ち、まぶしさが遮断される。汗ばんだ肌がひんやりとした。

ふと、左手に見慣れない小さな像があった。毛糸の帽子を被り、飲み物やお花が供えられていた。「こんなのあった?」と従妹に聞くと、「気にしたことなかった。」と返ってきた。『赤い靴の少女像』以外にもブロンズ像があったのを初めてしり興味をもち、そばによると・・・

『愛の母子像』と書かれてあった。昭和52年に横浜市緑区で米軍機が墜落し、事故死した母子を祭っているとのことだった。地元の従妹も生まれる前で、叔母にそんな大事故があったのかと聞くと記憶になかったようだ。その木立を抜け、山下公園にと向かった。

帰宅してから、40年前の事故のことを調べてみると・・・

『横浜米軍機墜落事件』がヒットした。ブロンズの母子像はご遺族の願いにより1985年(事故から7年後)に横浜市に寄贈され設置されたそうだ。行政側は当初、都市公園法の解釈を理由に事件に関する碑文が公園法に抵触すると認めなかったそうだ。ブロンズ像に「あふれる愛を子らに」とされたそうだが、それでは近隣住民も観光客も分かるはずはなかったであろう。事実、叔母も従妹も米軍機墜落事故の犠牲者だとは知らなかったし、ブロンズ像を眺めても碑文がなければ見て終わりである。その後の2006年に前述の碑文が設置された。写真で時間の流れを感じてもらえたら幸いだ。

ブロンズ像から碑文まで21年の隔たりがあることに、私は違和感を覚えた。緑区の事故だが、海がみたいという生前の想いを叶るという事で中区の高台に設置されたことは分かる。しかし、行政の対応には納得がいかない。碑文を拒否するということは、事故を隠したいのでないかと思ってしまう。事故の概要(『』内ウィキペディアより)を知ると隠したいであろう、と思った。

『1977年9月27日13時過ぎ、厚木基地(厚木海軍飛行場)を離陸し、太平洋上の航空母艦・ミッドウェイに向かおうとしたアメリカ海兵隊の戦術偵察機(RF-4BファントムII611号機)が、離陸直後に燃料満載の状態でエンジン火災を起こした。乗員2名は機外に緊急脱出し、パラシュートで神奈川県横浜市緑区(現・青葉区)鴨志田町付近に着地したのち、海上自衛隊厚木救難飛行隊のヘリコプターに収容されて基地に無事帰還した。

一方、放棄され制御を失った機体は5kmほど離れた同区荏田町(現・青葉区荏田北三丁目・大入公園付近)の住宅地に墜落し、周辺の家屋20戸を炎上・全半壊させた。

~略~

アメリカ軍関係者は約1時間後の14時20分頃に現場に到着し、真っ先に現場周囲の人たちを締め出したのち、エンジンなどを回収。この作業の際には笑顔でピースサインを示して記念撮影をおこなう兵士もいた。

墜落地周辺では、火災により一般市民9名が負傷、周辺の人々により次々に車で病院に搬送されるも、うち3歳と1歳の男児2名の兄弟は、全身火傷により、翌日の未明までに相次いで死亡した。また兄弟の母親である26歳の女性も全身にやけどを負い、皮膚移植手術を繰り返しながら長期間にわたり入退院を繰り返したのち、一時はリハビリを行なえるまでに肉体的には回復するものの、精神的なダメージは計り知れず、最終的には精神科単科病院に転院したが、女性の転院に関して、遺族は「半ば強制的」であったと主張している。 女性はその後、事故から4年4ヶ月後の1982年1月26日に、心因性の呼吸困難により死亡した。』

現在の青葉区は『新山の手』と言われる高級住宅地としてのステータスを確立しつつあるが、当時はそれほどではなかったとは言え住宅地であった。開発途中の土地に米軍が墜落というのは知られたくなかったのだろう。自衛隊は民家を避けようとしてお亡くなりになる方も多いが、躊躇なく脱出して、油の塊に火がついた状態の機体を捨てたことに非難が相次ぐことを伏せたかったのだろうか。

近年も整備不良なのか、整備士不足なのか、予算不足なのか分からないが、自衛隊の事故が相次いでいる。東京の住宅地の真上を、羽田空港からの飛行機があまた離発着している。事故がなくとも氷の塊がいつ落ちてきても不思議ではない。そのリスク回避のために、羽田空港は海上に出て離陸、海上から着陸ということだったが、オリンピックを口実に住宅街の上でやるように変更されるそうだ。周辺には高級住宅街、下町と過密な東京。事故による落下物、氷の恐怖と騒音を危惧する声を行政は聞いていない

東京オリンピックも観光立国も都民や国民の命を危険にさらす理由になるのだろうか。同盟国であるということと、米軍の言いなりになることとは違う。真の同盟とは奴隷ではなく、戦後70年たってもますます奴隷化する日本政府の方針は情けなく、怒りを覚える。国民の生命と財産を守ることが、最も優先されることである。それは途上国、先進国関係なく、国家が国家たるゆえんであろう。

 

 

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浅野 耀子

浅野 耀子

家事育児が苦手なマイペース専業主婦で、息子と娘の母親。
さざれ石の会会員として、都内で街頭演説、室内トーク、コラム執筆。
中学PTA役員、小学校保護者の学年会計、幼稚園前役員&現新体制移行担当、地域の環境事業推進委員、ボーイスカウト家族会役員。

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